いいでしょ?僕の人生

まさかの怪我を乗り越えて…|2015沖縄本島1周マラソンT.O.F.R


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2/7〜9の3日間、沖縄へ行ってきました。先月の「宮古島ワイドー100kmマラソン」に続き、今年2回目の沖縄です。

「今回は旅行!」

…と言いたいところですが、またまたレース。3日間にわたって合計267kmを走る、「沖縄本島1周マラソンT.O.F.R」に出場してきました。

◼︎1週間前にまさかの…

実はこの大会、自分の中でかなり優先度を上げていました。レースを交えつつ負荷を上げて、「勝田全国マラソン」ではサンダルRUNでフォームチェック。

「状態は良好!あとは疲労抜き!」

そんな段階にきたある日、東京では雪が降ったんですね。普段、仕事で外出することも少ないのですが、偶然にもその日に打合せが2本。外には、すでに雪が積もり始めていました。

私は東北出身なので、雪には慣れています。もちろん、滑って転ぶなんて滅多に無し。この気持ちが、いけなかったのでしょうか。目の前で雪掻きしていたので、避けようとした瞬間…

足元が滑って転倒しそうになり、縁石で右足をグッと踏ん張ったわけです。とっさの対応で転倒は避けられたものの、瞬間的に足の側面を電気が走るような感覚が襲いました。

それから、どうも歩行すると脚がズキズキ痛みます。少し走ってみたら、2km程で激痛。そう、“腓骨筋炎”を起こしてしまったんです。しかもトレーニングではなく、日常的な歩行で…

通常、完治までは2〜3週間の療養が必要とのこと。しかし、レースは1週間後。とにかく出来る限りのケアを施し、一切走らず安静にして、沖縄へと向かったのでした。

◼︎1st:那覇→喜屋武岬→名護(102km)

1日目は沖縄国際ユースホテルを出発し、南下し喜屋武岬へ。岬で折り返したら、名護へと向かう102kmの道程です。

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喜屋武岬へ…
朝ホテルから歩いてスタート地点へ向かうと、早くも足に痛みが。1歩毎に顔を歪めてしまいます。

「これでは、スタートできない」

そう思い、スタート前に痛み止めを飲みました。会場に着いたら、スタートまではとにかく安静に。テーピングで保護し、サポーターで固定。もう、あとは走ってみなければ分かりません。朝6:00、いよいよスタートです。
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辺りはまだ真っ暗闇。5人毎、3分置きのウェーブスタートで走り出します。
走り出すと、ジワジワと痛みを感じました。しかし、朝に比べれば弱く、我慢できないほどではありません。喜屋武岬までは他のランナーと一緒だったので、喋りながら少し気を紛らわせられました。
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18km程で岬に到着。空が明るくなり始め、海がキレイに輝きます。そんな景色に圧倒されつつ、しかしすぐに折り返し。薬が効いているのであれば、出来るだけ早く先へ進もうと考えたのです。

離脱からのアイシング
岬を折り返してから、しばらくは知り合いと一緒に走っていました。足のことを心配してくれて、嬉しくも申し訳ない気持ち。じわじわと痛みが増し、ペース維持がキツくなり始めます。

すると少し前に他のランナーを発見。これで私が離脱しても知り合いが1人にはならないと思い、

「次のコンビニでアイシングするので、先に行って下さい」

と告げました。
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27km地点でコンビニエンスストアを発見。購入した氷を袋に入れて、氷が溶けるまで幹部に当てます。ホント、コンビニって便利ですね。時間がもったいないので、ついでにおにぎりを食べて補給。気温が上がり始め、暑いレースになる予感がします。

アイシング中、目の前を何人ものランナーが走り去って行きました。焦りを感じつつ、しかし我慢のアイシング。20分程を費やして立ち上がると、さすが、痛みが少し和らいでくれました。

スタートから3時間以上は経ったでしょうか。このタイミングで、再び痛み止めを飲みます。これが、我ながらナイス判断でした。

中間点への疾走
35km程の地点に差し掛かると、足の痛みがフッと消えていることに気付きました。違和感がある程度で、ズキズキするような痛みを感じません。

「これは、距離を稼ぐチャンス!」

痛み止めの効果であることは、自分でもよく分かっています。それは、つまりしばらく経てば、再び痛み始めるということ。しかも、もう痛み止は飲めません。

そこからは、とにかくペースアップ。1km5分台まで上げ、遂には離れた知り合いも追い抜きます。本当はここで合流したいところですが、時間が限られています。一声かけて、そのまま走り去らせてもらいました。
そして約50km地点。再び痛み出す兆候を感じます。

「着地の際、足の裏からの感覚がおかしい。」

そう感じつつも、とにかく前だけを見て進むのみ。そのとき、ちょうど目の前にコンビニが現れました。まさにナイスタイミングです。

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迷わず入店し、2回目のアイシング。今度は袋越しではなく、袋の中へ足を突っ込んで直接冷やします。ジンジンと痛む足…さすがに、そろそろDNFも考え始めました

店前でアイシングしていると、追い抜いてきたランナーが続々と進んでいきます。知り合いにも声を掛け、15分程が経過。リスタートすると、直後にまた立ち止まることになります。

ゴールへと孤軍奮闘
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なんと、両足小指の血マメが潰れてしまいました。走ると皮が擦れて激痛。とても我慢できるレベルではありません。レース中にマメができることは何度もありますが、潰れたのは初めて。こんなに痛いんですね…

日が差して暑くなってきたため、屋根のある駐車場へ避難。持っていた絆創膏を巻き、擦れを防止します。これだけで、だいぶ痛みが減りました。痛みは、腓骨筋だけで十分です。

あとは、ひたすら進むのみ。

1km、また1kmとGPSウォッチが距離を伝えてくれるごとに、「また1km進んだぞ」と独り言。全40名の出場者ということもあり、他のランナーに会うことは希少。痛みを我慢しながら、いつしかDNFという決断は頭から消えていました。

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空は次第に日が沈み始めます。怪我のことを知ってるランナーが、何人も声をかけて心配してくれました。それがたまらなく嬉しくて、前へと進む力に。恩納村を抜ける頃には暗くなり、しかし時間には少し余裕がありました。諦めるわけにはいきません。

暗闇のラスト15km。気が付けば、8割以上は歩いていました。走っても、痛みはもちろん、疲労で脚が動きません。自然とかばって走っていたのでしょうか。上半身も含めた全身の筋肉が、重く感じるんです。

ゴールまで残り3kmのコンビニ。時計を見ると、完走は間違いありません。自分へのご褒美にビールを購入し、飲みながらゴールへ。最後1kmは激坂の登りですが、直前に出会った他のランナーと声を掛け合い、登りきりました。

時間は14:24:10(20位/39名)

制限15時間を、なんとかクリアです。

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翌日のことなど分かるはずもなく、とにかく出来ることを万全に。アイシングから風呂、食事をしっかり食べて、マッサージを施したら即就寝。2日目の2ndステージも、朝6:00にスタートします。

◼︎2nd:名護→辺戸岬→名護(98km)

朝は4:00起床。着替えようと立ち上がった瞬間、頭に浮かんだのは

「今日は、たぶん無理だ」

という現実でした。そのくらい、あまりにも脚が痛んだんです。これまでは触っても痛みなど無かったのが、少し幹部を押すだけで激痛。歩行も厳しく、食事やトイレにはつま先歩行で移動しました。

痛み止めを飲めば、おそらく違っていたでしょう。しかし前日にある程度の量を服用しており、レースは翌日もあります。連日服用してしまえば、最終日に効かない可能性もあるでしょう。そのため無謀にも、2日目は痛み止め無しで挑むことにしました。

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早過ぎる“終わり”
2日目は宿泊先を出発し、辺戸岬から折り返して戻る98kmの道程です。そのため、走っていれば途中で他のランナーとすれ違います。

「せめて、誰かとすれ違うまで進もう!」

そう決心して挑みますが、現実はそう甘くありませんでした。寒空の下、小雨の降る中をとにかく前へと進みます。

たった5km。

暑さなど感じないにも関わらず、じんわりと汗が吹き出しています。その原因は、間違いなく痛みでした。この時点で、もはや走ることが出来ない状態に…。やっと、なんとか痛みを堪えて歩けるレベルでした。

順位はいつしか最後尾。前のランナーは、どこまで見渡しても見えません。海沿いの道を、1人でひたすら歩きます。耳に聞こえる波の音が、なんとも寂しさを掻き立ててくれるのです。

…が、10kmで足が止まりました。

痛みでバランスを崩し、壁に激突。足を着くだけで、声を上げそうになります。

リタイアの決断
たった10km…すでに、時間は2時間近く経過していました。

「21km地点にエイドがあるはず」

それだけを支えに進みますが、心は折れていたんでしょうね。気持ちは全く盛り上がらず、ただ惰性で右足を内側から引きずるようにして進みます。

…が、この日は予想以上に気温が低く、さらに海から冷たい向かい風が吹き荒れていました。走れなくなった体は冷えてしまい、シェルを着ていてもガタガタ震える始末。

「これ、体調まで崩しかねないのでは…」

そう思った瞬間、リタイアを決意しました。偶然とは怖いもので、まさにその少し後、15km地点で回収バスが。

「どうする?乗る?」

その声に、私の中で選択肢は1つしかありませんでした。スタートから15km、リタイア。3日間のステージレース、ここで実質的な終了です。

宿に戻らせてもらい、アイシングとストレッチを行いました。程なく熱が出始めたので仮眠。時間が経つにつれて、悔しさが込み上げてきます。そして何もせず過ごすわけにもいかず、休みながら仕事します。

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トップランナーがゴールしたという知らせを受け、夕食まで外でランナーを待つことにしました。リタイアした身として、で
きるのは拍手で迎えることくらい。

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ランナーはみんな疲れきっており、そして達成感にあふれている様子が伺えました。それほど、コースやコンディションが厳しかったことが分かります。その姿を目にしながら、気持ちを引き締め決意。

「明日は、絶対にゴールまで走ってみせる」

そう、このレースは途中リタイアしても、最終日までトライ可能なんです。

最終日といえば、レースの最終ゴールです。リタイアした悔しさ、そして温存された力をぶつける決意を密かに秘めながら、最終3rdステージを迎えます。

◼︎3rd:名護→那覇(67km) 

3日目は4:30に起床。朝食後に荷物をまとめ、6:00のスタートを待ちます。外は前日以上の寒さ。さらに、ポツポツと雨が降っていました。

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トップに追いつく
足は相変わらず痛みます。が、スタート前に痛み止めを飲み、少しずつ痛みが消えていくのを感じました。こうなれば、前半のうちに距離を稼ぐのみ。スタート直後はゆっくり身体を温めていましたが、いつの間にか先頭集団にいることに気付きます。

さすがにトップランナーは、序盤からペースが速い。私も6:00/km程度で走りますが、追い抜かれ、距離が広がっていきました。スピードが上げられるわけでもなく、とにかくペースをキープして進みます。

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天候が不安定で、ずっと雨が降ったり止んだり。しかしそのお陰もあって、キレイな虹を見ることができました。いつの間にか前後にランナーの姿は見えず、まさに単独走。しかし自然と気持ちが昂ぶり、脚がどんどん進みます。

と、34km程の地点にあるエイドで、遂に前のランナーを捉えます。聞けば私は5位で走っており、目の前には3・4位のランナー。しかもそのうちの1人は、なんとビールを飲みながら完走し続けているスーパーランナーのDさん。

「これは、一度追いついてみたい!」

エイド直後に1人抜き、そしてもう1人を追いかけます。しかしすぐに上り坂となり、私は歩いたり走ったりの繰り返し。しかし前を走るランナーは走り続け、なかなか距離が縮まりません。下りでペースを上げていくも、また登りで離される…そんな(勝手な)攻防が、9km続きました。

そして辿り着いた43km地点のエイド。そこにはなんと、1〜3位までのランナー全員の姿が! 

私が着いてほどなくエイドを離れる3人。何を考えるでもなく、自然と私もその後を追いました。ここからが、まさか3日目にして最も過酷なレースになるとも知らず…

◎目指せ7時間!
追い付くためにペースを上げていたこともあり、すでに脚はヘロヘロ。痛みの予兆もあり、痛み止めを追加してついていきます。喋りながら走る余裕な3人。さすがです。

何度か離されながら、下り坂で追いつきました。離れてしまったら、間違いなくペースダウンすると感じたからです。呼吸を整え、フォームを意識し、上半身をしっかり使って走ります。

と、ここで Dさんがこんなことを言いました。

「13時までにゴールしたら、主催者が驚くぞ。やってみなよ。」

 まさに悪魔のささやき。時計に目をやれば、6:00/kmでギリギリ。信号や上り坂などを考えると、ペースアップは必至でした。しかもDさんは私たち3人にそのささやきを残し、途中エイドでビールを飲みつつ離れていきます。でも、燃えちゃったんですね。

「よし、いこう!いける!」

3人のうち1人がそう言うと、もはや私たちもやるしかありません。脚はもはや限界に近い…ですが、決して手の届かないものではない。何より目標が出来れば、力が湧いてくるものです。
しかも私以外のランナーは、2日間しっかり完走しています。

「2日目休んだのに、走れなくてどうすんの!?」

そんな勝手な義務感が生まれ、私もその目標を目指すことに決めました。
それから15km程でしょうか。ペースは上り坂を除き、5:20〜5:40/kmで推移していました。どんどん脚が重くなり、“走っている”という感覚ではありません。上半身を意識し、脚に“ついてこさせている” ような感覚。まさに気持ちで走っている状態だったと思います。

登りで離されそうになるも、なんとか下りと平地で追いつく。初日に走ったコースの逆走となっているため、なんとなくゴールが近づいていることを感じました。これも、気持ちを維持する支えになったのかもしれません。

ラスト5kmを切った頃、脚がズキズキと痛み始めました。残り3kmでは完全に痛み止めの効果が切れますが、今飲んでも効果が出る前にゴールです。

「ここは、我慢するしかない」

 出来るだけ傷まないよう、フォームは崩れますが足底内側やつま先部分をメインに着地。視線は前ではなく下に落とし、とにかく1歩1歩進んでいきます。つい「痛む」と口に出してしまったときは、失敗したと思いました。痛みだろうが何だろうが、全員が必至なのです。

写真 2015-02-09 15 38 33「帰ってきた!」

そう実感したのは、旭橋駅が見えたときでした。時間にも余裕があり、7時間以内(=13時前のゴール)は間違いありません。あとたった1km程で、ゴールが待っています。物凄い達成感がこみ上げ、涙が出そう。

6:56:06(12時56分06秒)

最終日、一緒に走った2人のランナーからの好意もあり、第1位でゴールすることができました。

「怪我、嘘じゃね?」
 
なんて言われてしまいそうですが…痛かったです。
ここまで出し切った経験、これまで無かったかもしれません。ちょっと無理してしまいましたが、3日目の走りは自分にとって自信にも繋がりました。これまでは、まだまだ自分に甘かったんですね。

結果は2日目DNFですが、来年はコンディションをしっかり整えてリベンジします。きっちり3日間走り切っていたら、きっとさらに気持ちいいんでしょうね。

腓骨筋の状態は、あまり良いとは言えません。2週間は無理せず療養に当て、トレーニングは体幹やスイムに限定して完治させます。次は「第5回小江戸大江戸202k」(大江戸ナイトランコース112km)のスイーパーランを予定。あとは来月、ハーフマラソン1本&フルマラソン2本です。フルマラソンはPB更新を目指していますので、とにかく治療必須。ベストコンディションで臨めるよう、努めて参ります。

応援してくださった皆さま、本当にありがとうございました!!